2026.10.06

てんのうです!

 

今週から弥彦競輪場で寛仁親王牌が行われます!

そんな寛仁親王牌という舞台
過去のレース振り返ってみたいと思います。

 

【忘れてはいけない名勝負がそこにある】

 

時は2013年、弥彦競輪場で行われた寛仁親王牌。

 

その決勝を制し、悲願のG1初優勝を飾ったのが金子貴志(75期・愛知)だった。

そして、この優勝には、競輪ファンの記憶に深く刻まれる「師弟」というもう一つの物語があった。

 

金子は2002年の競輪祭でG1初優出。

 

2005年には年間3度のG1優出を果たし、名古屋ダービーでも準優勝。

 

タイトル獲得まであと一歩というところまで迫りながら、そこから長い時間、G1決勝の舞台から遠ざかっていた。

 

それでも、金子は走り続けた。

 

そんな金子に大きな転機が訪れたのが、2009年7月。

 

弟子として深谷知広(当時は愛知支部)がデビューした。

「平成の怪物」と呼ばれた深谷は、デビュー直後から規格外のスピードを見せつけた。

 

デビューから1年にも満たない期間でG1初出場を果たし、2011年6月の前橋・高松宮記念杯競輪では、なんとG1初優勝。

 

デビューからわずか684日。

 

吉岡稔真が持っていた719日というG1最速優勝記録を19年ぶりに更新する快挙だった。

 

愛弟子が一気にトップスターへ駆け上がる姿は、師匠・金子にとっても大きな刺激になったはずだ。

 

そして2013年、金子自身に最大のチャンスが訪れる。

 

寛仁親王牌の一次予選。

金子は外並走から最終ホーム手前でロングスパートに出る。

 

しかし4着。

 

決して楽なスタートではなかった。

 

それでも、ぎりぎりで二次予選Bへの進出を決める。

 

二次予選Bでは後輩・松岡篤哉の先行に乗り、番手まくりで1着。

 

そして準決勝。

ここで実現したのが、師弟連係だった。

 

深谷が最終ホームから猛然と仕掛ける。

 

金子はその後ろを必死に追い、愛弟子の背中を離さない。結果は師弟ワンツー。

 

金子にとって、実に7年8か月ぶりとなるG1決勝進出だった。

 

そして決勝も、もちろん深谷-金子の師弟コンビ。

 

しかし、簡単にはいかなかった。

 

地元地区のタイトルホルダー、飯嶋則之が深谷の番手で勝負。

 

初手からジカ競りを選択した。

 

飯嶋にとっても、この作戦には確かな理由があった。

 

2007年の高知オールスター決勝では、番手を奪い取ってG1タイトルを手にしている。

 

ならば、この大舞台でも番手勝負。

 

それは決して奇策ではない。
飯嶋の選手としての美学であった。

 

だが、深谷と金子は脚力勝負に活路を求めた。

 

競りを回避し、深谷が前へ踏み込む。

 

金子は一度離れかけながらも、最終ホームで必死に追いつく。

 

そして再び深谷の番手を確保した。

 

最後の直線。

突っ込んでくる成田和也。

逃げ粘る深谷。

そして、その後ろから伸びる金子。

 

誰が勝ったのか、ゴールの瞬間には分からないほどの大接戦となった。

 

写真判定の結果は金子。

 

タイヤ差。

 

師匠が弟子をかわした。

 

金子貴志、悲願のG1初優勝。

しかも、その瞬間が「師弟連係によるG1決勝ワンツー」という、これ以上ない形で訪れた。

 

競輪には、選手それぞれの人生がある。

 

勝つために誰かを蹴落とすだけではない。

 

師匠が弟子を育て、弟子が活躍することで、今度は師匠が刺激を受ける。

 

深谷が先にG1王者となり、その背中を追うように金子が頂点へたどり着いた。

 

この物語にはまだ続きがあった。

 

年末の立川グランプリ。

金子は再び深谷の先行に乗った。

そして優勝。

寛仁親王牌でG1初優勝を果たした金子は、初出場となったグランプリまで制してしまった。

 

G1初タイトルから、わずか半年。

 

37歳を超えてなお第一線で戦い続けた男が、弟子との連係によって競輪界最高峰のタイトルを次々と手にした。

その始まりが、弥彦の寛仁親王牌だった。

 

一次予選4着。

 

そこから二次予選、準決勝、そして決勝へ。

 

決して順風満帆ではなかった。

 

むしろ、ぎりぎりでつないだ一戦一戦の先に、師弟の最高の物語が待っていた。

 

競輪の魅力は、単純な脚力勝負だけではない。

 

師匠から弟子へ受け継がれる技術、思い、そして背中。

 

深谷が見せた「怪物」としての走りが、金子を再びG1の頂点へ導いた。

 

そして金子が見せた背中は、その後の深谷にとっても、きっと大きな意味を持つものだっただろう。

 

2013年の寛仁親王牌。

あの決勝は、単なるG1タイトルの一つではない。

 

一人のベテランが悲願を達成したレースであり、一人の弟子が師匠を頂点へ押し上げたレース。

 

そしてその半年後、二人は再び立川の舞台で頂点に立った。

 

寛仁親王牌には、こうした「人の物語」がある。

 

だからこそ、毎年この舞台がやってくるたびに、過去の名勝負を振り返りたくなる。

 

今年もまた、新たなスターが生まれるのか。

 

あるいは、長くタイトルから遠ざかっているベテランが、人生を変える一撃を放つのか。

 

寛仁親王牌という舞台。

今年はどんなドラマが起こるのか今から楽しみだ。